セカイノカタチ

世界のカタチを探求するブログ。関数型言語に興味があり、HaskellやScalaを勉強中。最近はカメラの話題も多め

ニワトリと世界の貧困とフリンジの問題

www.gizmodo.jp

ちょっと前ですが、こんな話題がありました。

2ドルあれば、ニワトリを飼って、最貧生活よりは、ちょっとだけ豊かな生活を送れるようになる。と言うのが主旨の記事です。

凄く良いことを言っていて、単純に物資を配るよりも長く食料を提供しますし、うまく増やせば、継続的に、より豊かな生活を送れるようになります。

今回、僕が思っているのは、それとは少しベクトルの違うお話です。

貧困と人口の増加

上記の問題の根底には、人類がより多く生産し、富を増やせば、みんなが幸せになれるという、これまで暗黙的に従ってきた西欧的な価値観のルールに基づいています。

本当にそうでしょうか?

僕が、小さい頃、人類の人口は50億人と言われていました。

現在は、70億人ほどが、この地球上に暮らしているそうです。

子供の頃、アフリカは貧しく、黒柳徹子やアグネス・チャンが必死に窮状を訴えていました。

今は、黒柳徹子やアグネスこそいませんが(いるけど)、世界の果て(僕らから見て)の窮状は変わらず、多くの子供たちや、大人たちが貧困に喘いでいます。

果たして、貧困に対する支援は、貧困を減らすことになるのでしょうか?

縁(ふち)は常にある

貧困にあえぐ地域や人々を世界の「縁(ふち)」と捉えて、フリンジと呼ぶことにします。

フリンジは、増えたのでしょうか減ったのでしょうか?

単純に考えると、下の図のようになると思います。

人口が増えれば、人類の円は大きくなり、縁に立つ人間の数も相対的に増えます。

フリンジが拡大するということです。

これまでの暗黙的な幸せの定義では、賄いきれない問題があるということです。

先程のニワトリが救済するのは、現在のフリンジに立つ人々です。

彼らが窮状を免れることで、人口が増加し、次のフリンジが拡大再生産されます。

思えば、人類の発展とは、フリンジの拡大再生産にほかなりません。

遠く、人類の歴史が刻まれる遙か昔の時代より、今の貧困をどうにか逃れ、よりよい暮らしを得るために、様々な発明をし、社会様式を進化させながら、人口を増やしてきました。

大局的に見た時に、そのアプローチによって、フリンジを駆逐できたことがあったでしょうか?

マルサスの罠

話が、一旦脇道にそれますが、人類のフリンジが減少した時期がありました。

それは、農耕開始時、特に米の生産開始時期と、産業革命時です。

これらの時期には爆発的に生産性が改善され、一時的に人類は幸せな時代を過ごしたそうです。

しかし、生産性向上は、人口の増加を産み、生産物で賄えるギリギリの人数まで増えると、食えなくて死ぬ人間や成長できない人間が増加し、人口が均衡して安定した状態になります。

人口が安定しているということは、フリンジが拡大していて、貧困にあえぐ人が増加しているということを意味します。

この時代は、一部の富裕層を除き、みんなが苦しい生活を送るようになるそうです。

そして、人口が増加している一時期に比べて安定期は長く続くようです(安定してますから)。

これをマルサスの罠といいます。

そして、人口統制による社会システムの維持を是とする考えを、マルサス主義といいます。

マルサスの罠は、フリンジ問題の原理を言い表しています。

フリンジは、全人類の全時代を通して、拡大縮小を繰り返しながら、全体としては増加し続けています。

そして、現在の人類の方法論では、これを根本的に解決することはできないのです。

解決策を考える

僕は、この問題に数年前に気づき、ずっと解決策を模索しているのですが、非常に非現実的で冷酷な方法しか思いつきません。

単純に言うと、フリンジの発生は、人類の人口と生産物の不均衡が原因です。

それを解決するためには、人口のコントロールが有効なのは言うまでもないことです。

では、どうやってコントロールするかというと、色々やり方があると思いますが、生殖を制限するか、年齢などの条件で強制的に退場させるかという事に行き着くと思います。

配合に関しては、自然淘汰に近い形で優秀な種を残した方が、人類が生き残る為に有利です。

排除の方も、実績ベースで、どうせ残すのであるから、長生きしそうな健康体が望ましく、不公平の無い方法で選定、実行されなければなりません。

ソフトな方法は、殺すより産まないことだと思いますが(それでも社会的は反発は想像を絶しますが)、老齢者は社会的な負債となりますので、排除の方も併用したほうが、人類の全体の幸福度は高いでしょう。

近年の人工知能の発達を見ると、これらの制御は、コンピュータの手により、機械的に行われると良いと思います。

コンピュータにより、完璧に統制された人口政策。それこそが、フリンジを解決するための銀の弾になるはずです(SFっぽい世界ですね)。

人類の未来はどこに向かうのか?

完璧に人口統制された世界に生きるとなると「何のために生きるのか?」「果たしてそんな人生が幸せなのか?」という疑問が湧きおこります。

質問が大きすぎて、それにお答えすることは、僕には無理だと思いますが、これを行う事によって、人類は今より遥かに少ない労働で、十分に文化的で豊かな生活を送れるようになるのことは間違いありません。

どこか気候の良い土地で、ワインでも作りながら、十分に文化的な生活を送れば良いのです。

既に先進国での労働は「価値を産むため」という本来の目的がだいぶ退化していて、「国民全員にある程度平等に富を配分する方法が他にないから」という理由に置き換わっています。

人類の大部分は、本来の意味での労働は必要なくて、富の配分システムの都合上、働かざるをえない状況に陥っているのです。

この状況の解決には、今までの発展型のアプローチは、役に立ちません。

解決を求めれば求めるほど、フリンジが拡大してしまうからです。

「貧困の解決→フリンジの拡大→貧困の解決→フリンジの拡大という」ループを破綻するまで延々と回り続けるコマネズミのような状況を脱する必要があります(というかそろそろ破綻しそうな気がする)。

継続的にある程度小さい人口を維持し続けることができれば、フリンジを極小に抑えることができるでしょう。

とは言え、上記のプランを実行に移すというのは、ほぼ不可能ですし、人類救済プランとして正しいとは到底思えません。

ただ言えることは、今後の人類の発展のためには、社会構造を根底から見直すことが必要なのではないか。ということです。