セカイノカタチ

世界のカタチを探求するブログ。関数型言語に興味があり、HaskellやScalaを勉強中。最近はカメラの話題も多め

マーブルワーズ

輪廻と業

今から、輪廻と業について説明しますが、すごくあたりまえのことを書きます。

「なんだ、そんなのあたりまえじゃないか」と思っていただけたら幸いですが、大切なことなのです。

世界はとてもシンプルです。

シンプルすぎて気づかないのです。

輪廻と業について

輪廻とは、一瞬(刹那)ごとに繰り返される、崩壊と生成のプロセスです。

世界は、一瞬ごとに違う形に変化しています。現在の「地球」は、一瞬の後には、少しだけ形の違う「地球'(ダッシュ)」になり、その次の瞬間には「地球''」になります。

そして、その変化を生んでいるパワーを業と呼びます。

「世界」と言った時には、地球すらもほんの小さなパーツの一つに過ぎませんので、例としては適切ではないかもしれないのですが、イメージとしてはこんな感じです。

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業と輪廻の関係というのは、坂道を転がり落ちるボールのようなものです。

ボールから手を離すと重力に引かれて落下しますが、手を離した瞬間のボールの状態が次のボールの状態に大きく関与しているのは、一目瞭然です。

そして、次のボールの状態は、その次のボールの状態を生み出す前提条件となるわけです。

一瞬前のボールの状態に対して、重力や慣性力、空気の圧力などが働き、次のボールの状態を生み出します。

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この変化する世界を輪廻と呼びます。

そして、変化によって生じ、次の変化を生み出す力がです。

業と輪廻は互いに強く結びつき、分かつことができません。

お互いがお互いを生み出し続ける相互関係を持っており、2つを明確に区別することすら難しいぐらいです。

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私たちは、業の影響力によって輪廻し、また次の世界に業を残します。

生じた業は、刹那ごとに消え去る運命ですが、その影響が消えることはありません。

私がボールを転がした世界は、転がさなかった世界とは、違った世界になります。

何の影響も残さずに存在することはできないのです。私たちは、業と輪廻の濁流の中に飲み込まれ、濁流の一部であり、濁流そのものでもあるからです。

私たちの行動は、必ず世界に影響を与えます。

良い影響を残しましょう。世界をより良いものにするために。