セカイノカタチ

世界のカタチを探求するブログ。関数型言語に興味があり、HaskellやScalaを勉強中。最近はカメラの話題も多め

マーブルワーズ

ウ・ジョーティカ 『自由への旅「マインドフルネス瞑想」実践講義』(読書感想文)

自由への旅: 「マインドフルネス瞑想」実践講義

自由への旅: 「マインドフルネス瞑想」実践講義

読みました。

本書はミャンマーのテーラワーダ(上座部)僧侶であり、世界的に著名な瞑想指導者でもあるウ・ジョーティカ師が、1997年にオーストラリアで行った、英語による瞑想解説の連続講義の邦訳したものです

本書の冒頭にはこのようにあります。

世界的に有名な瞑想指導者による、実践的な瞑想解説の本ということで、ワクテカしながら読みました。

ざっくりと感想を言うと、とても素晴らしい本です。固有名詞や専門用語や数字を並べ立てるのではなく(大量に出てきますが)、意味と真理を語っていて、様々な点において、発見や驚き、納得や再認識に満ちていました。

一つの目安ですが、読み終わったあと、このような感じで本が付箋だらけになってしまいました。

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こんな感じになるのは、技術書では珍しいことではないのですが、(ある意味技術書ですが)仏教の瞑想解説の本でこのようなことになるとは思っても見ませんでした。

写真で見てもらって分かると思いますが、本書は500ページを超すボリュームなので、読むのが結構大変でしたが、興味深い内容に引きずられて最後まで興味深く読むことができました(といっても2ヶ月ぐらいかかったと思いますが)。

仏教や瞑想の本ということで、敬遠される方もおられるかもしれませんが、内容としては、人生や世界の深淵について深い洞察をもって観察する方法を説明してくれる解説書になっていますので、ぜひ読んでみてください。

嬉しいことに、本の形を取る前のテキストがPDFで公開されていますので、どんなことが書かれているのか、すぐに確認できます。

http://myanmarbuddhism.info/2013/01/10/22/

ただ、ボリュームが大きいので本で読んだほうが楽だと思います・・・が、イマドキはiPadで読んだほうが楽!という人もいるかもしれないので、僕が古い人間なのかな?

序盤は基礎知識

序盤は瞑想に関する基礎的な知識とやり方などについて解説されています。心構えや注意点など、ウィパッサナー瞑想をする上で欠かすことのできない事柄について、ウ・ジョーティカ師の語り口調で、やさしく丁寧に語られます。

中盤は13段階の洞察知について

中盤は、一番ボリュームがあるのですが、ウィパッサナー瞑想を進めると順番に訪れる「洞察知」についての解説になります。洞察知とは、文字通り洞察によって得られる知性のことなのですが、これが十三段階に分かれています。その一段一段に関して丁寧な解説が入るため、どうしても長くなります。

特に第一の洞察知から第四の洞察知までは、とても重要な基礎になるとのことで、大量の紙幅が割かれています。読んでも読んでも第一の洞察知が終わらずに「えっ。このペースで13まで続くの!?」と途中で焦りますが、第四を越えるとペースアップするので安心です(?)。

クライマックスはやはり第十三の洞察知でしょうか。仏教で涅槃と呼ばれる究極の領域に入っていく段階です。このことについても詳しく言及があります。

終盤は涅槃の性質など

そしてその後は終盤となりますが、洞察知を越えた先の涅槃についての説明と、リトリート(瞑想合宿?)の準備についての説明が続きます(元々リトリートの準備段階の講義を書き起こしたものなので)。

その他、随所にパーリ語による用語や偈が出てきます。仏教は、非常に深淵でデリケートな概念を扱うため、パーリ語でないと表しづらい言葉があるようです。麻雀小説に牌譜が出てくるようなものですね。^^;

感想など

この本は、基本的にはウィパッサナー瞑想のやり方について解説した技術書なのですが、扱う題材の性質上、仏教やブッダが説く、「世界の構造」や「目的とする心の状態」の解説に大量の文字が費やされます。根底にある真理は非常にシンプルで本質的なものですが、言葉にすることが難しく、根本的に理解するには、瞑想によって自らその領域に足を運ぶしか方法がありません。そして、大量の紙幅を費やしても、おぼろげにしか理解できない領域に、修行者たちはただ座り瞑想する事によって到達していくのですから、凄いことだと思います。

読んでいて面白いと思ったのが、時折、相対性理論や量子力学のような専門的な物理現象による例え話が出てくることです*1。これは、大きな驚きとともに、今まで薄っすらと感じていた「仏教の真理性」についての思いを強く再認識することに繋がりました。

初期仏教を学んでいて強く感じるのが、現代において科学的に語られている世界の構造と、仏教の指し示す世界の構造が非常に近しいということです。

現代物理学の先端となる、相対性理論や量子力学のヘンテコな世界観を持ってしても、仏教の説明と矛盾しないばかりか、仏教を深く理解するためには、これらの知識は必須であるとさえ思えます。

自分の専門領域でいうと、関数型言語(や圏論)にて語られる「モナド」という概念がありますが、この概念と仏教の輪廻の構造が非常に似通っています。仏教とモナドを結びつけるのは、あまりにマニアックなので理解してもらうのは難しいかと思いますが、一応過去に書いたエントリーを貼っておきます。^^;

qtamaki.hatenablog.com

僕たちは、2018年に生きていてるため、科学も発展して世界の構造に対して、かなり詳しい知識を有することができています。

僕が、仏教の概念を理解できているのは、(乏しいですが)量子力学や相対性理論、圏論やモナドという前提知識があったから。と言い切れます。

しかし、これらの知識というのは、たかだか100年の間に発見されたものです。

紀元前600年というはるか過去に、これらの予備知識無しに真理にたどり着いたブッダには、驚きを通り越して神々しいまでの神秘性を感じます。おそらくは、オーパーツと言えるような恐るべき知性の持ち主だったに違いありません。

原始仏典のスッタニパータを読むと、様々な思想家、宗教家とブッダが問答する場面が描かれていますが、当時のインド地方は、様々な思想家、宗教家が入り乱れ侃々諤々の議論を交わす百花繚乱の世界だったのでしょう。

そんな土壌があったからこそ、人の直感に逆らう難解な思想体系を引っさげ、傑出した才能を持つブッダが現れた時に、それを理解し受け入れる人たちが少なからずいたわけで、ブッダたちの一派が一大勢力となるというのは、涅槃の発見に輪をかけて、驚くべきことだと思います。

そしてその時に発見された「涅槃」にたどり着く方法が今も受け継がれ、変わらずそこにあるというのは、驚きと喜びを持って受け入れられるべきものです。

シーラカンスやオウムガイが今も泳いでいるように、完成された思想体系に真理が含まれているからこそ、長い期間の検証に耐え続けたのでしょう。

「生きた化石」でありながら、今なお新鮮で揺るぎない、涅槃の深淵に触れることができる一冊です。素晴らしいことだと思います。

*1:ウ・ジョーティカ師の経歴を調べると、電気工学を学び大学を出ているそうです