セカイノカタチ

世界のカタチを探求するブログ。関数型言語に興味があり、HaskellやScalaを勉強中。最近はカメラの話題も多め

マーブルワーズ

異世界ファンタジーに違和感

異世界ファンタジーと呼ばれるジャンルに違和感があります。

正確にいうと、ファンタジーと呼ばれるジャンルが「=ゲーム世界」であることに対する違和感です。

自分としては、ファンタジー世界というのは、ゲーム世界の元ネタとなった世界で、ファンタジーな物語を再現するためにゲームが作られたという思いが強くあり、「ゲーム世界を物語の舞台にする」となると、ゲームとファンタジーの参照関係が逆転してしまって、よろしくないと思うのです。

トールキンやムアコックの剣と魔法の世界への憧れから、D&DなどのテーブルトークRPGが生まれ、そこからウィザードリィやウルティマ、ドラゴンクエストなどへ派生していくという流れを見たときに、ゲームから物語を再生成するのは劣化コピーなのではないかと感じてしまいます。

もちろん、異世界ファンタジーと呼ばれるジャンルには、素晴らしい作品が多々あると思っているのですが、それらの作品のなかには「ゲーム世界である必要なくね?」と思えるものもあります。

例えば、ソードアートオンラインやオーバーロードの様な作品であれば、舞台がゲーム世界である必然性がありますが、「転送したらファンタジー世界だった」系の作品の場合、ゲーム世界的な文脈をなるべく排除したほうが、作品としての質が上がるのではないかと、残念に思うわけです。

物心ついたときから、ゲームが目の前にあり、ファンタジー世界に触れる機会がゲームしか無いというのが当たり前になって久しいので、全く違和感を感じないのが普通なのでしょう。

自分は40歳を越えてからアニメを見始めて、20年以上のブランクがあるので、自身が異世界転送されたみたいで、「異世界に来てみたら、ファンタジー世界がゲーム世界になっていたでござる」てな感じで浦島太郎しているわけです。