- 作者: 佐瀬稔
- 出版社/メーカー: 山と溪谷社
- 発売日: 1999/06
- メディア: 単行本
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すごい本を読んでしまった。
この本は、山で亡くなった人たちのエピソードを集めた本です。
といっても、休日の趣味で山歩きをしていて運悪く遭難してしまった人を対象としているわけではなく、8000メートル級の山々に無酸素で登頂してしまうようなガチの登山家たちのお話です。
彼(彼女)らが、どのように山に魅せられ、どのように山に引き込まれ、「死んで当然」と思えるような極めて過酷な状況下に身を投じ、そして、どのような最後を迎えたのか。
本人の手記や、関係者の証言から書き起こしたノンフィクション作品です。
そして、この本の副題に「佐瀬稔遺稿集」とあるように、著者である佐瀬氏の闘病生活と最後をつづる文章が、終章として挿し込まれています。
登場する登山家たちは、山を志す人にとっては、伝説的なビッグネームなんだと思いますが、不勉強なため、僕は一人として知りませんでした。
全員に共通している点は、人が存在することを許されない極限状態の死と氷の世界において、削れていく自分の生命を見つめることで見いだせる生の輝きに、どうしようもなく魅入られてしまっていたということです。
次々と現れる8人の登場人物は、お互いに面識があり、誰かの死の現場に別の誰かが立っていたりします。そして、その本人も程なくして同じように命を落とします。
まるで切れ味の鋭いナイフを素手で握ってしまったかのような、衝撃と痛みが心に走りました。
「入念な準備と数々の死地をくぐり抜けてきたベテランが、頂上を間近にして雪崩に飲まれる」
「世界の大陸で、その最高峰を手中に収めてきた堅実な登山家が、最後の最高峰、エベレストの頂きに立った後、一瞬の天候の変化に為す術なく冷たい骸となる」
「華々しい経歴と名声を引っさげて登山するライバルに、狂おしいほど嫉妬して、単独登頂を目指して滑落。命を落とした登山家。そして、彼が嫉妬に狂った栄光の登山家も、数年後には山にその魂を捧げることになる」
彼ら登山家たちが紡いだ物語は、とても美しい輝きを放つ繊細なガラス細工を思わせる、生と死の物語です。
死を伴う危険な挑戦は、命をギリギリまで死の瀬戸際に晒しながら、こうも光り輝くものなのでしょうか?
それは、命そのもの輝きであるとしか言いようがありません。
きっと、彼らの目には、山々の頂が、神々しく美しい輝きを放って見えていたのでしょう。
そして、最後にこの壮絶な山の物語を書いた、筆者本人も癌に侵され、壮絶な闘病生活を送ります。
日々、弱っていく体と戦いながら、執筆やラジオへの出演を続け、最後に「それでも登る 命が輝き放つまで」というコラムで人生を締めくくります。
彼もまた、削れゆく魂を見つめながら、光り輝く生を実感した冒険家の一人だったのでしょう。